映画『もののけ姫』とたたら製鉄

 宮崎駿監督のアニメ『もののけ姫』には「たたら場」が、物語のカギを握る重要な場所として登場します。たたら場とは砂鉄から鉄を取りだす作業を行う場所で、いわば昔の製鉄所です。主人公アシタカは、たたり神の呪いを解こうと旅をする中、たたら場でエボシ御前と出会い、呪いの正体を知り、やがて人間ともののけの戦いに巻き込まれていきます。
 たたら場は古代より日本各地に存在し、長く日本の鉄需要を賄ってきましたが、明治になって西洋式の近代的製鉄法に押され、徐々に姿を消していきます。現存するのは島根県雲南市吉田町にある「菅谷すがやたたら」のみで、『もののけ姫』に登場するたたら場のモデルも、この菅谷たたらと言われています。
 『もののけ姫』には、たたら製鉄やたたら製鉄に従事する人たちの暮らしに触れたセリフも出てきます。菅谷たたらにおけるたたら製鉄からこれらのセリフを読み解き、『もののけ姫』をちょっと違った角度から味わってみませんか。

たたら製鉄に関するセリフを読み解いてみる

アシタカ:「まるで城だな」

甲六:「エボシ様の大たたらでさぁ。砂鉄を沸かして鉄を作ってるんです」

 犬神に襲われケガをした牛飼いの甲六をアシタカが送り届けたときのセリフです。戦国武将の城のような堅牢な造りに驚くアシタカですが、実際たたら製鉄を行う集落は、付近の農村とは隔絶した自治領のような存在でした。たたら製鉄者たちの集落は「山内さんない」と呼ばれ、人口は100~200人ほどあり、山内だけで通用する銭札も発行されていました。山内には技術責任者である「村下むらげ」、村下の補助役である「炭坂すみさか(あるいは裏村下)」、炉へ炭を入れる「炭焚すみたき」、ふいごを踏む「番子ばんこ」、使い走りの「手子てご」、できた鉄塊やケラを粉砕したり選別する「鋼造はがねづくり」、さらには炭を焼く「山子やまこ/やまご」、砂鉄を採取する「鉄穴師かなじ」などがいました。もちろん甲六のような牛や馬で荷物を運ぶ運搬人たちもいました。
 これら山内のすべてを取り仕切るのが「鉄師」で、広大な山林を持ち、山林から採れる木炭や砂鉄を使って職人たちに鉄を作らせ、さらに彼らの生活全般の面倒をみました。ちょっとした小領主といった存在で、『もののけ姫』におけるエボシ御前はまさに鉄師と言えます。資産家である鉄師は、地域にさまざまな文化をもらたす役割も果たしました。エボシ御前やたたら場の女たちが使っていた石火矢も、エボシ御前(=鉄師)がもらたした文化の一つと言えるかもしれません。

ゴンザ:「トキ 夫婦喧嘩はよそでやらんかい」

 ケガをして帰ってきた甲六をこのグズ!となじるトキに向かい、ゴンザが言うセリフです。この甲六とトキは夫婦ですが、山内には職人だけでなく、職人の家族も暮らしていました。一般に10~13坪程度の住居をあてがわれ、扶持ふち米をもらって生計を立てていました。ただしその量は十分とは言えず、重労働の男性たちの食糧を賄うため、女性や子どもたちは芋めしや葉かゆで我慢するケースも多かったようです。もっとも『もののけ姫』に出てくる女性たちは家事だけでなく、男性さながらの重労働に従事する者も多いですから、食糧事情はもっと豊かだったかもしれません。

牛飼い:「てんやでえ。俺達が生命がけで運んだ米を食らってよ。口が腐るぜ」

たたら場の女:「その米を買う鉄は誰が作ってんのさ」

たたら場の女:「あたいたちは夜っぴいてたたらを踏んでるんだ」

 山内は製鉄業に特化しているため田畑はなく、山内で暮らす人たちの食糧は周囲の村から買っていました。牛飼いたちは、たたら場で作った鉄を近くの村や積み出し港まで運び、そこで得たお金で米などを買い、山内に持ち帰りました。また近くに住む村人たちが、山内まで野菜や果物などを売りに来ることもありました。『もののけ姫』に出てくる山内の住人たちも、牛買いたちが運んで来るものだけでなく、そんな食べ物も口にしていたかもしれません。

  • たたら場の女:「じゃ おしろい塗ってたたら踏まなきゃ」

    たたら場の女:「紅もさす? ハハハ」

     もしよかったらあなたたちの働く所をぜひ見せて下さいとアシタカに請われた女性たちが、喜んで応じるときのセリフです。その後、牛飼いがでもなぁ たたら場に女がいるなんてなと言っているように、一般に女性は製鉄作業に従事しません。その理由としてよく言われるのが、彼らが祀る金屋子神かなやごかみが醜女で、女性嫌いだからというものです。嫉妬深くもあり、そのためいったん操業が始まると「村下」と呼ばれる技術責任者の妻は、操業が終わるまで化粧をしなかったほどです。
     そう考えると、たたら場の女たちが、おしろいを塗ってたたらを踏むなどあり得ず、そこは若いアシタカを歓迎する意味での彼女たちのリップサービスでしょう。また、一般にタブーとされる女性を製鉄作業に従事させているのは、たたりを恐れないエボシ御前の近代精神をわかりやすく表した例と言えるでしょう。


  • 金屋子神乗狐掛図[金屋子神話民俗館 蔵]

  • 木炭(菅谷たたら山内にて)
  • 牛飼いの男:「俺達の稼業は山を削るし 木を切るからな 山の主が怒ってな」

     アシタカに呪いをかけた猪神・ナゴの守が、エボシ御前に石火矢で深手を負わされるに至った経緯を説明する際のセリフです。
     たたら製鉄では、大量の砂鉄と木炭を必要とします。操業が最も盛んな近世末期には1回の操業で砂鉄採取用に1山が大きく削られ、木炭用に1山の木々が丸裸にされました。合わせて2つの山が大きく姿を変えられ、これが1年に数10回行われていました。
     人間による自然の大破壊に怒ったナゴの守が多くの猪と共に山内を襲い、それを、石火矢衆を連れたエボシ御前が返り討ちにしたのです。

  • エボシ御前:「いい鋼だ 明日の送りの支度に手間どってね」

     訪ねてきたアシタカに向かい、鋼をつちで叩きながらエボシ御前が述べるセリフです。この鋼は「包丁鉄ほうちょうてつ割鉄わりてつ)」と呼ばれる、出荷用に鍛練された鋼です。形や大きさが包丁に似ていることから名付けられました。
     その後、エボシ御前はアシタカを、石火矢を作る小屋へ案内しますが、途中で大きな金槌で鋼を叩く職人たちの姿が見えます。これは「左下さげ」や「大鍛冶おおかじ」と呼ばれる作業です。一見、村の鍛冶屋さんで見かけるような風景ですが、彼らが作っているのは村の鍛冶屋さん(小鍛冶こかじ)が使うための鋼です。たたら製鉄によってできたずく歩鉧ぶけらは、いったん左下場や大鍛冶場で鍛練され、各地の鍛冶屋さんはこれを使って刃物や農具を作るのです。
     包丁鉄は品質によって4段階に分けられました。エボシ御前が検品していた鋼は、良い品質だったと思われます。こうしてエボシ御前らのチェックを経た包丁鉄が品質ごとに荷造りされ、牛飼いたちによって各地へ運ばれていくのです。


  • 鍛冶道具[金屋子神話民俗館 蔵]

  • 真砂砂鉄
  • エボシ御前:「このたたら場を狙う者はたくさんいてね」

     アシタカに旅の理由を訪ねるにあたって、エボシ御前が語るセリフです。たたら製鉄には豊富な山林資源が不可欠ですが、同時に山から採れる砂鉄の種類も問われました。砂鉄は含まれる不純物(二酸化チタン)の含有量により「赤目あこめ砂鉄」と「真砂まさ砂鉄」に大別され、不純物が少なく良質とされたのは真砂砂鉄です。赤目砂鉄が東北から九州まで広く分布するのに対し、真砂砂鉄は中国山地の中でも、特に出雲地方でのみ採れました。エボシ御前の大たたらのモデルとされる菅谷たたらも、真砂砂鉄を使っていました。
     真砂砂鉄で作った鉄は、戦国時代には火縄銃にも使われました。とくに銃身の末端を閉鎖するための「尾栓」と呼ばれる部品に出雲の鉄が多用され、火縄銃作りに大きな役割を果たしていました。エボシ御前のたたら場を狙う者が多いのは、そんな理由もあったかもしれません。

「♪ひとつふたつは赤子も踏むが みっつよっつはオニも泣く泣く
タタラおんなはこがねのなさけ とけて流れりゃやいばにかわる」

 たたら場を通りかかったアシタカの耳に聞こえてきた、たたら唄です。唄っているのは、「番子」と呼ばれる作業者たちです。たたら製鉄では砂鉄を溶かすのに十分な火力を得るため、送風装置が欠かせません。たたら場の女性たちが踏んでいるのは「踏鞴ふみふいご」と呼ばれるもので、炉の両脇につくられた大きな板を複数で踏んで上下させ、炉に風を送ります。
 踏鞴は時代を経て、1人ないし2人で板を踏む「天秤鞴てんびんふいご」に進化します。これにより送風作業は大幅に省力化し、かつ生産性が飛躍的に伸びました。それでも重労働に変わりなく、1人が1時間踏んでは2時間休むという3交代制で行われていました。『もののけ姫』に出てくる番子の女性たちも、おそらく同様のサイクルで働いたのでしょう。
 アシタカが「厳しい仕事だな」とつぶやいたように男性でも大変な仕事で、この作業を彼女たちは4日5晩続けます。サンと山犬たちにたたら場が襲われたとき、トキが「騒ぐんじゃない。休まず踏みな。火を落とすと取り返しがつかないよ」と言いますが、これもいったん操業を始めたら終わるまで火を燃やしつづけなければ十分な量の鉄を作れないからです。
 ふつう男性が行う番子の仕事をエボシ御前のたたらでは女性が行っています。エボシ御前のたたら場で暮らす女性たちは、皆はっきりものを言う人たちばかりですが、男性でもつらい重労働を行っているという自負が、彼女たちをそんな性格にしているのかもしれません。


  • 都合山つごうやまたたら高殿模型[和鋼博物館 蔵]
  • モロの君:「森を侵した人間が我が牙を逃れるために投げてよこした赤子がサンだ」

     サンの育ての親・モロの君にあの子を解き放てとアシタカが迫った際、黙れ小僧!と一喝したあとモロの君が述べたセリフです。サンは森に住む神をなだめるための生贄だったわけですが、実際たたら製鉄に携わる人たちは神を非常に崇め、恐れました。製鉄を行う高殿に神棚を設け、製鉄の神である金屋子神を祀り、操業の安全や収穫が多いことなどを祈りました。操業が不調のときは技術責任者である村下が雪中でも裸足参りを行ったと言います。
     金屋子神にまつわるタブーも多数存在しました。「金屋子神が天降りされたとき犬に吼えられつたを伝って逃げたけれど、蔦が切れたために犬に噛まれて亡くなった」という伝説があり、そこから金屋子神は犬と蔦が嫌いと言われます。あるいは「麻に絡まって亡くなった」ため麻が嫌いとも言われます。そこから「たたら場には犬を入れない」「製鉄道具に蔦や麻を用いない」といったタブーがあります。
     また金屋子神は「死体が好き」とも言われます。地域によっては鉄がうまくできないときは炉の周囲の柱に死体を立てかけたり、人が死ぬとたたら場で棺桶を作ったり、葬式の際には棺桶を担いでたたら場の周りを歩いて回ったそうです。


  • 金屋子神社奥の院(安来市広瀬町)

  • 菅谷たたら山内高殿
  • 甲六:「ああ……大屋根が……。もうダメだ。たたら場が燃えちまったら何もかもおしめえだ」

     首を失ったディダラボッチによってたたら場の大屋根が燃える様を見て、甲六が口にしたセリフです。この大屋根は、たたら製鉄の作業場である「高殿」の屋根です。操業中の炎は最大2メートル近くに達するため、高殿の大屋根は高さが7~8メートルあり、たたら製鉄の象徴とも言える存在でした。
     また高殿内で行われるれるたたら製鉄では、最も重要なのが地下構造です。炉の下には深さ3~5メートル、縦横に6.5メートルほどの深い穴が掘られ、ここに多数の石や砂利、土などを敷きつめ、最下部には排水溝を設置します。さらにその上には保温防湿のための「小舟こぶね」と呼ばれる空間と、薪を燃やした灰をつき固めた炉床「本床ほんどこ」を作ります。こうした複雑な地下構造は安定した高温操業のために不可欠な設備で、1回の操業ごとに壊される炉と違い、1度作るとこの地下構造は半永久的に利用できました。
     逆に言えば、それだけ時間も労力もかかる作業で、江戸末期に造られた高殿では造成開始から操業まで半年近くかかっています。高殿が失われれば山内生活者たちは当分生活の手段がなくなるわけで、だからこそ燃えちまったら何もかもおしめえだという嘆きにもなるのです。

エピローグ

 結局ディダラボッチによって、たたら場は崩壊しますが、アシタカとサンがディダラボッチに首を返すことで荒廃した森に木の芽が吹きだし、はげ山は緑に覆われていきます。ディダラボッチのもう一つの姿であるシシ神の力により、死にかけた山が再び「生」を得ることができたのです。
 現実のたたら場では、人間たちの叡知により「生」と「死」を再生産していました。たたら製鉄は山を削り、木々を伐採しますが、その山は豊かな自然のもとで30年かけて元の姿に戻りました。山内で暮らす人たちはそんな循環の恩恵を受けながら、長きに渡ってたたら製鉄を行ってきたのです。

<本文における映画の台詞の引用について>

本文中における登場人物の名前および台詞は、映画『もののけ姫』(スタジオジブリ、1997年)より引用しています。

<参考文献>

山内登貴夫『和鋼風土記-出雲のたたら師』(角川選書)
鉄の道文化圏推進協議会企画編集『鐵の道を往く』(山陰中央新報社)
浦谷年良『「もののけ姫」はこうして生まれた。』(徳間書店)